Ça vaut vraiment le détour

日々の「まわり道」に花束を。

Préjugé inconsciemment/無意識のうちの偏見

Coucou !
 
すっかり季節がめくりめくり
2019年も残すところわずか。
うちの部署のみ12月期末。
慌ただしい。
年末年始が楽しみというよりは
クリスマスに心がときめいている職場。
外国籍の方が多いからかな?
 
今の部署に変わる前、
私は大きな目標を立てた。
「3年連続社長賞」
 

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社長賞を最年少で取らせて頂いたときに勝手に掲げた
ある意味、無謀なチャレンジ。
でも、神様は味方してくれて
この目標を達成することができた。
 
授賞式の後、一人の役員が話しかけてきてくれて
賞を頂く要因について聞かれた。
私は上司やチーム、後は運が味方したって話していたと思う。
彼は去り際にこんな言葉を残した。
「お前が男だったら、将来の幹部にまっしぐらなのにな」
 
今の会社に一生働き続けたい訳ではない。
他の会社よりも女性が上に立つことはまだ容易かもしれない。
それでも女がトップになるのはまだまだ難しい。
自身でも理解していることなのに、帰り際、涙が止まらなかった。
電車の中で号泣した。
社会人1年目の秋、大阪の営業の怖さを身をもって体験したあの日以来だ。
 

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彼は嫌味を言うために言葉を残したわけではない。
私を泣かせるために言ったわけではない。
このご時世に偏見だ!
ということは簡単である。
 
でも、あなたは偏見がない、フェアーな人間であるか?
と聞かれると、曇りもなく「はい」ということはできない。
人間は大なり小なり「意識しない偏見」がある。
 
例えば恋愛の話で
「第一印象が大事」とか「割り勘してくる男はダメ」とか
ルール”が存在しているけれど、
これも意識しない偏見の一つであると
UCBプログラムで学んだ。
 
プログラムではこんな実験をした。
「今からフラッシュカードのように設問を問いかける。
いいこと(positive)を連想することは白人のボタンを
悪いこと(negative)を連想することは有色人種のボタンを押す」
設問は50枚のスライド、平均して20秒足らずで回答を終えた。
 
そのあと、逆を行った。
「いいこと(positive)を連想することは有色人種のボタンを
悪いこと(negative)を連想することは白人のボタンを押す」
最初と比べて回答を終えるのに2~3倍、時間がかかった。
 
この結果から、
最初の条件に対しては反射的に回答し、
次の条件に対しては一度、考えるというクッションを入れてから回答していることが
分かった。
面白いことに人種や年齢、国籍関係なくほぼ同じ結果になった。
生活しているときは
人種でものを決めていないつもりであっても、
実験では深層心理のレベルで判断、イメージ付けが行われていたということが
明らかになった。
 

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もちろん、この偏見を逆手にとり、仕事を優位に進めることもできる。
例えば、付き合っている女性に「髪型切ったのになんで気づいてくれないの?」
と言われ、たじたじになってしまう男性も少なくない。
これは物事に納得するプロセスが男女によって違うことから発生しており、
科学的に証明されていることでもある。
一般的に男性は「A理論ではこうなる」といった理詰めで納得するような傾向がある。
女性は「自分の考え方に合う」という言葉では表現しづらいフィーリングの部分で納得する傾向がある。
視界にも特徴があるようで、
男性は1点をとらえることは得意だが、全体の雰囲気を感じ取るのは得意ではない。
逆に女性は全体の中から際立っている点を見つけるのが得意である
 
私の優秀な仕事の上司(男)は交渉において女性の視点・味方を心がけて
話している。
職場では「少し女々しい」と思われがちだが、
上司がお客様と交渉していて、こちらが不利になるような結論になっているところを見たことがない。
 
話を戻そう。
結局、この世の中はフェアーな視点で人を判断できる人はいない。
大なり小なり、潜在意識として偏見を持っている。
常に私の視点は何かしらの偏見フィルターがかかっているという意識を持ち、
取り除いたうえで判断や発言をしていく必要がある。
偏見を受けた!という怒りや悲しみよりも
この先に続く後輩たちが少しでも私のような思いをしないよう、
道を作っていきたいものである。
 
Bisous
 

Je me trouve jolie, hein ?/私が可愛い

Coucou !


ずいぶん涼しくなって
もう夏は終わったんだなと日々、感じるように。

 

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気温が下がってくると
気持ちも少し落ち着いてきて
ほっこりしたくなる。


年を重ねるごとに

持ち前の「ゆずらない」部分がさらに出てくる。
職場でも私生活でも
「多様性」があふれている環境に身を置きつつも
どうしても「ゆずれない」ことが多くなってくる。
困ったものだ。


以前、後輩と食事をした時に
「mihoさんって本当に世話好きだよね」と言われた。
どうやら今までやってきた経験やら今の職業やらで
そう感じたらしい。
確かに
西アフリカでビジネスを作ってみたり
CSR色が色濃くある会社でビジネスを通して貧困をなくすという 指名に携わっていたり
する。


友達が悲しんでいればいてもたってもいられず手を差し伸べるし
かなりの年老いた方が3Kと呼ばれる仕事をしているのを見かける と
胸が痛む。
(本人は喜んで従事していることもあるから、 私のただの思いこみもある)

 


じゃあ、 私って世話が好きだからこういう仕事をしているのだろうか。
と自問しても、
「はい」とは言えない。


私だって世話してほしいときもあると思う。
身体や心が健康ではない時、

家族や友達、恋人に構って欲しい。
でも、"ただ"構うだけでは許せないのだ。

私が気にいる言葉をかけてくれないと、イライラしてしまう。
なんでそんな言葉しかかけてくれないの?と。
私が思い描く通りにすすまないといやなのだ。
世間はこれを「わがまま」と呼ぶ。

 

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でも、この癇癪が起きてしまうのは
本当に心や身体が弱っている時だけである。
少しでもパワーがあれば、 イライラしてもぐっと抑えることができる。
きっと幸せ度が1%でも残っているのだろう。
感情が決壊するときは自身が耐えられない時である。
決壊したいなら、決壊すればいいと思う。
それさえ許されない世界は
生きづらいなと思う。


結局、自身が幸せであれば幸せを分け与えることができる。
自身が幸せでなくても幸せを分けないといけないのは
ちょっとおかしい。
それでなくても厳しい世の中だ。
自身だけは自分にいーこいーこしてあげよう。

 

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Bisous

A bientôt, M. Août/さよなら8月さん

Coucou !

 

あっという間に過ぎ去った8月。

何かしたーいと思いつつ

大きいことはしなかった。

特に何かをした夏ではなかったけれど、

ゆっくりゆっくりゆっくり

時を楽しむことができた。

 

家族と久しぶりに旅行。

でも暑すぎてすぐに退散。

 

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海にも潜った。

 

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美味しいかき氷を食べた。

 

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少しずつ西アフリカに関われるようなことも始めた。

 

そうそう、

前部署の仲良し先輩&後輩で

うどんツアーにもいったっけ。

 

あっという間に過ぎ去った夏。

ありがとう。

 

Bisous

 

L'été a commencé/夏が来た

Coucou

 

今年は遅い梅雨の始まりで

ようやっと梅雨が明けた。

こんにちは夏さん。

 

30歳手前になって

お祭りに行かなくなったし

花火でワクワクすることもなくなったし

海水浴のベタベタを避けるようになった。

 

でも大人の夏の楽しみ方はしたいな。

一人でも。二人でも。

大人数でも。

 

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楽しむぞ。

 

 

Bsous

Si vous sauvez quelqu'un/もし誰かを救うなら

Coucou !


誰しも一度は
「誰かを救いたい」
と思ったことがあるだろう。


両親
友人
恋人
世界に居る1日1ドル未満で生活している人々


色々な場面で
救いたい人たちが私にもいた。
そして、特に救いたい人が居た、

できることなら。
それは「うつ病になった元恋人」である。


うつ病を支えるのは難しい


彼がうつ病と診断されたと聞かされる前、
実は私も精神的に追い詰められていた。
それを告白した後、彼は自身を責めてしまい
自身もうつ病となってしまった。


その時の自分に言いたい。
「彼は私を支えてくれる訳ではないのだから、
すぐに彼の元を去るべきだ。
今のあなたは冷静に正しい判断を下すことができない。
関わったら不幸になる。」


ここで言いたいのは
自分の行いに対して一切反省をしない人間、
全ての悪い影響を他者のせいにする人間、
であったことに対しての「不幸になる」である。


うつ病=関わったら不幸になる
ということを言いたいのではない。


愛や恩では救えない

 

今だからこそ冷静に考えられることがある。「たかが付き合っている程度」の相手が病気になった時、
支えてあげるという選択肢は正しいし美しい。


しかし、そう言えるのは
今の私たちがそういう状況に立っていないからである。


「たかが付き合っている程度」 の相手が自分の一生を棒に振るかもしれない難病になった時、 それでもその人を一生かけて支えてあげると

自身を持って
言える人間がいるだろうか。


法的には赤の他人である、 そもそも何の気なしに付き合っただけの相手の為に
自分の一生を捧げるかもしれない決断が下せるだろうか。


気軽に当然だと言わない方が良い。
中には平然とやってのける人たちもいて、
しばしば全国民の涙をそそうような美談として語り継がれる。
しかし、私を含め多くの普通の人たちにはできないのだ。


部外者は好きな事を言うでしょう。
非情だ、冷酷な奴だ、冷たい。
でも、「冷たい」 と騒ぎ立てるのはいつだって部外者と助けを受ける側。
助ける側の負担も考えれば、どうして気軽に「冷たい」 ということができるだろうか。


やれるものならやっている


私には余裕がなかった。
飛びぬけて無力な訳ではない。
きわめて普通の私には無理だっただけである。


人を救えるなら、
お金や労力をかけるべきと言うかもしれない。
今後一切、贅沢や貯金をせず全てを募金に費やし、
休日は必ずボランティアをする。
出来ると言いきれる人たちは
いったいどのくらい居るのだろうか。


私やあなたが思っているほど
人助けは楽ではない。
確かにここまですさまじい努力をされた方には敬意を表したいが、
誰でもできることではないということは事実。
助ける側は出来る限り人助けをしたいと行動を起こすが、
助ける側にも事情がある。
全ての人をとはいかないのである。


もちろん、全ての人たちを助けることができる力があるなら、
私はそうしている。
助けられるものなら助けている。
でもそれができないから、

この世界は困っているのである。

 

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Bisous

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Au revoir à mes souvenirs/思い出にさよなら

Coucou !

 

久しぶりに大学時代お世話になった先輩方と再会。

久しぶり!っていう感じもなく

ただただ懐かしかった。

近状報告もそうだけれど、やはり

「S先生はこんなこと言ってたー」とか

「こんな出会い方だったよね」とか

昨日の出来事のようにいろんな思い出が出現して

楽しかった。

 

大学時代を過ごした町にも久しぶりに帰って

立ち並ぶ変わるものの空気は変わっていなかった。

のんびりとした緩やかな空気。

あれだけ大嫌いな場所だったのに帰ってきたんだなーって

懐かしくなった。

 

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今回は大好きな先輩の大切な方もいらっしゃって

初めましてっていう感じ。

なんだか新鮮。ワクワク。

先輩の愛が伝わってきて聞いている私の方が照れた。

 

昔は海外に出てバリバリ働いて結婚なんでできないと思っていた。

けれども彼女のお家に行った時、兄弟みんな一緒に住んで

お父さんが孫を抱いてる姿も見て、こんな幸せもありなんだなと。

 

そんな話をほろ酔い気分で聞いていた。

卒業して、4、5年経つけれど

分かってはいたけれど

知っていた憧れていた先輩ではなくなってしまったんだなという気持ちが渦巻いて

解散後はなんだか悲しかった。

 

休学することはハンデではないということを後輩達に教えてくれた方。

大学時代はいつも後輩達に囲まれてかっこいい、色々な経験を持っている尊敬しかない方。

「世界」という視点でバリバリ働いて大きなことを成し遂げるんだろうなと

勝手に思ってしまっていた私には頭を石で殴られたようだった。

 

憧れの先輩はもう地元で家族と一緒にのんびり過ごすことが

幸せの尺度になってしまった。

「しまった」という言葉は失礼だけれど、幸せは人それぞれ。

当分は寂しい気持ちや残念な気持ちに苛まれるんだろうけれど

あの頃の思い出にすがりつくのではなく、

さよならして私は私の道をゆく。

 

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良い週末になったな。

 

Bisous

 

 

 

Service Universitaire de Français Langue Etrangère/南仏語学留学時代

Coucou !

 

最近はありがたいことにフランスに興味がある学生さんの志望動機書の添削をしたり留学相談に乗ったりする日々。

今は仕事でなかなかフランス語を使用する機会が減ってしまったけれど

こんな風に細々と続けられることが嬉しい。

これからも関わっていけたらなと思う。

できればフランス語「で」仕事をしたいけれど。

 

私は大学時代に日本の大学をお休みしてフランスに渡り、その後セネガルへ。

恥ずかしいことにアルファベも言えない学生だったので、

最初の3ヶ月は語学学校へ。

私が選んだのはSUFLE

Aix-Marseille大学の付属語学学校。

 

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はっきり言ってそんなに吟味せずに入学を決めたものの、この選択が運良く

大学編入できることになるきっかけになったのは後ほど。

 

簡単に言って適度に勉強し適度に遊びたい方はオススメの語学学校。

 

オススメな理由は以下の通り。

 

①公立学校だから安い

現在のHPを確認すると、1 semestre = €1,450  2 semestres = €2,400

2 semestres取っても約30万円でdiplomaがもらえる。

フランスで語学学校といえばパリカト(パリ・カトリック学院)だが、

確かに質の高くスパルタ教育で有名だが、授業料はべらぼう高い。

同じ週21hコースをとると、€6,552(約80万円)もする。

一度、パリカトの先生から授業を受けたことがあるが、西アフリカに興味があると言った時点で大激怒。どうやら白人主義が強い先生だったよう。

パリカトに通った友人達からもパリから一歩も出たことがない先生から世界のことは学べなかったとの話も。

もちろん人によっての良し悪しがあるけれども。

 

②大学の授業も取ることができる

これは公立学校ならではで比較的公立学校の語学学校だと取れるところが多い。

しかし、B2以上などある程度のフランス語力がなければ受けられないことがある。

SUFLEはフランス語の授業以外にも文化や歴史を学ぶことができる授業が取れる。

Aixという土地柄、芸術系の授業が多く受けられる印象。

大学生と一緒にサークル活動を行えたり、体育館やジムなども使用することができる。

 

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③住宅プログラムや休日のエクスカーションを受けることができる

私は利用しませんでしたが、滞在先を斡旋してくれる制度もある。

学生寮はないもののホームステイやスタジオを案内してくれる。

また、休日に同級生達と近隣のイタリアやスペイン、車がないといけないような南仏の美しい街に行くことができる。

 

もちろんデメリットもあり、

街が小さいとか日本人が割と多い(大学に日本語学科があるため)とか学生の国籍に偏りがあるとか。

ただ、どの学校にも良し悪しがあるので、それは行ってみてからのお楽しみ。

 

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Bisous